映画初心者のドラ猫ロボット

映画初心者が玄人になるために感想を上げていくブログ

余談③『蓮華の花』(小説『パズラー』より) (ミステリ小説の感想) 

f:id:ozakinekoha:20200912161220j:plain

 

普段は観た映画の感想をつらつらと述べている映画初心者のドラ猫ロボットです。

昨日、TSUTAYAに行った際に、昨年読んで面白かった本のシリーズ物が出ていたので衝動買いしてしまいました。

買った本はコレ ↓

 

赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。

赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。

 

作者である青柳碧人の前作『むかしむかしあるところに、死体がありました。』は、昔話を題材にしたガチガチの本格推理小説に仕上がっていて、読んでいてテンションが爆上がりでした。

だって、浦島太郎や一寸法師が殺人事件に遭遇するんですよ……しかも、どれも不可解な状況で起きた一見すると不可能な完全犯罪。その事件を玉手箱や打ち出の小槌といった、子供でも知っているマジックアイテムの使用方法を考えて謎を解くなんて、面白くないわけがないじゃないですか。※実際、「むかしむかしあるところに死体がありました」は本屋大賞候補作品でした。面白さ折り紙付き!

今回買った『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』は、その童話バージョン。あのみんなが知っている赤ずきんちゃんが、旅の先々で殺人事件に遭遇し、その推理力を駆使して、謎を解いていくという、グリム兄弟が知ったら、「その手があったか!」と膝を打ちそうな設定です。

今から読むのが楽しみです。

 

……と、前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、自分の映画感想を見てもらうとわかると思いますが、私=ドラ猫ロボット、映画ジャンルは、ホラーやミステリが大好物です。その中でもとりわけミステリ物には目がなく、映画という媒体だけでなく、本でもミステリ小説を好んで読んだりします。※読んでいる数は多くはないですが……。

 

本日のブログでは、過去に私が読んだ中で、衝撃を受けた、あるミステリ小説の感想を投稿したいと思います。

 

作品名は『蓮華の花』(『パズラー』収録作品 作者:西澤保彦 出版社:集英社)。


全編をバラバラ殺人にこだわった『解体諸因』や同じ日を何度も繰り返して遭遇した殺人事件の謎を解く名作『七回死んだ男』でも有名な西澤保彦先生の作品です。

↓ 名作『七回死んだ男』。陰湿さやおどろおどろしさが全くないコミカルミステリ。謎解きにSF要素を盛り込んでいて、内容のあまりの面白さに時間を忘れる衝撃的な読書体験を届けてくれる一作。

新装版 七回死んだ男 (講談社文庫)

新装版 七回死んだ男 (講談社文庫)

 

本作『蓮華の花』は、『パズラー』という6本の独立した小説が収められている短編集の中の1本であり、全編で42ページ。空いた時間にさっくと読めるお手軽作品です。

「小説の感想って短編かよっ!」と思う人もいるでしょうが、なかなかどうして、この『蓮華の花』は、その密度の濃さ・構成の巧さは、長編に匹敵するほどだと個人的には思います。読んだのは学生時代で、今から随分と前の話になりますが、今でも頭と心にしっかりと残っています。

感想を述べていきたいと思います。

 

【あらすじ】

小説家・日能克久(ひなさ かつひさ)は、高校時代の同窓会で、クラスメイトの梅木万理子が、自分を好きだったことを知らされる。よくある青春の思い出話であるはずの告白。しかし、日能の記憶によれば、万理子は死んだはずだった。だが、死んだはずの万理子は、美しい女性となって日能の前に現れる…。日能は、なぜ万理子が死んだと思い込んでいたのか。そして、浮かび上がってくる一人の少女……児玉美保。克久の思い込みとはいったいなんだったのか?

 

【感想】

人間というものは非常に自分勝手で、思い出というものは常に美化される。

作品は、主人公・克久が常に過去の自分の思い込みに違和感を覚えながら話が進んでいきます。

例えば冒頭。

20年ぶりに参加した田舎での同窓会。克久の思い出にある田舎の風景は、”田んぼのあぜ道”。しかし、田んぼに思い入れがあるわけでもないのに、どうして、自分は田んぼの風景を思い浮かべるのか?

この何気ない書き出しから物語は始まり、すでに伏線が張られています。

主人公は、学生時代に憧れた「作家」という芸術性の高い職業につき、周囲からは夢を叶えたように見えますが、自分を取り巻く環境に疲れを感じています。それは、作家志望であり子供をつくらない妻との間に漂う僅かな綻びだったり、「作家」というステータスを手に入れた自分に群がる自尊心の強い母親や、綺麗になった同級生だったり。現実に疲労感を感じる克久は、自分の思い出の中の出来事と現実の出来事に齟齬があることが気になってきます。

この話の持って行き方が巧い。

閉塞感を感じる現実世界から、かつての夢を追い求めていた学生時代に思いを馳せるのは人間としてはよくあること。

そして、物語が進み、思い出の断片と僅かな情報から克久が導き出した、誰もが知らない20年前に起こった出来事の本当の真実。

炙り出された真実は、ある登場人物にとっては、本当に救いのない容赦のないものでした。

この真実が明かされた時の衝撃。

明かされた真実を前に、私は考えてしまいました。ある人物は、なぜこんな目にあってしまったのか? 友達やかつての悩める同級生のために骨を折った結果としてはあまりにも残酷で切ない結果です。そして思い返しました。在りし日に、ある人物が語っていた「蓮華の花」の本当の役目。更に物語を締めくくる最後の場面で突き付けられたあの風景。

最後、主人公・克久は嗚咽を漏らしながら涙にくれますが、こんな場面に遭遇してしまったら、誰でもそうなるわ! 本当に残酷で悲劇的で、それでいてこんなに綺麗な物語があるのだろうか? 謎が解法された時の驚きと気持ちよさがミステリの醍醐味だとは思いますが、本作品はそこに、人の運命の残酷さと儚さを盛り込んでいます。本当に40ページとは思えない充実感が味わえる作品。

 

何を書いてもネタバレになってしまうので、これ以上は書きませんが、

本作品中、主人公・克久は事あるごとに、くどくどと現実社会への愚痴や自分の周囲への不満を漏らします。一見するとその描写が無駄に思えて冗長な作品と映るのですが、それを伏線としていて、後半の真実の露見とともに、現実社会への不満も、自分の成功も、その全てが崩れていく構成が本当に見事です。当時読んでいて鳥肌が立ちました。そして、『蓮華の花』というタイトルの付け方。完璧です。

 

「人間、誰しも自分こそが”花”になりたい。でもほんとうに”花”になれるのは一部の人間だけ……ある者は”茎”になり、ある者は”根っこ”にならざるを得ない。でも、それらはすべて”花”が咲くためには、必要なもの」

 

それは人の世の真理なんでしょうが、涙なしには、このセリフは読めません。

 

今回紹介した『蓮華の花』が収められている『パズラー』は、他の短編に、男女の高校生コンビが同級生殺人事件の謎を追う『アリバイ・ジ・アンビバレンツ』など良作があるので、是非読んでほしい一冊です。

と、おススメしておきながら、本作品、Amazonでも新品が売っておらず、中古でしか購入することが出来ません。それでも、本好き、ミステリ好きな人は是非読んでみてください。

 

以上、ドラ猫ロボットの余談でした。